ダニ虫体および排泄物中の各種アレルゲンを活性の高い状態で分離する手法について検討し、コナヒョウヒダニ培養物からダニ虫体由来粗抗原(Dfb)が約0.2%、排泄物由来粗抗原(Dff)が約1.2%の収率で分離できることが明らかとなった。また、分離されたDfbおよびDffはDer f1、Der f2を含む各種ダニアレルゲンを失活させることなく含んでいることが確認された。
-エタノール処理によるアレルゲンの失活効果-
エタノール処理によるダニアレルゲンに対する失活効果をアレルギー患者血清を用いてIgE抗体との抗体結合率により調査した。
精製抗原については、Der f1ではIgE抗体結合率が5%程度まで低下したが、Der f2ではIgE抗体結合率に顕著な低下は見られず、共力剤の必要が認められた。粗抗原についてはダニ虫体由来抗原DfbではIgE抗体結合率が15%程度まで低下したが、排泄物由来粗抗原DffではIgE抗体結合率に顕著な低下は見られず、共力剤の必要が認められた。
なお、エタノール濃度75%以上、浸漬時間2時間以上、および作用温度を高くするほどアレルゲンの抗体結合率が低下することが明らかになった。
ダニアレルギー患者のIgE抗体を検出抗体として測定した場合、エタノール単独の処理で失活が確認されたダニアレルゲン(Der f1,Dfb)とエタノール単独の処理では失活を確認できなかったダニアレルゲン(Der f2,Dff)が存在することが明らかになった。そこで、エタノール単独の処理では失活させることのできなかったDffを使用し、エタノールと組み合せて用いるアレルゲン活性低下促進物質や効果維持物質を探索した。塩化ベンザルコニウム、タンニン酸、Hiタンニン酸を共力剤として用いた場合に、Dffの抗体結合率が顕著に低下し、エタノールと併用することによって相乗的な失活効果が得られることが明らかとなった。ただし、タンニン酸は金属イオンと呈色反応をおこすことが知られており、室内を汚染する可能性がある。そのため実使用を鑑みて塩化ベンザルコニウムが最も効果的な共力剤であると考えられた。
次に、各種ダニアレルゲンに対する塩化ベンザルコニウムの共力効果を確認したところ、精製抗原については、Der f1では抗体結合率が約10%程度まで低下したが、Der f2では顕著な抗体結合率の低下は見られなかった。一方、Der f1を相対的に多く含むと言われている排泄物由来粗抗原Dffでは約15%、Der f2を相対的に多く含むと言われる虫体由来粗抗原Dfbでも抗体結合率は約50%まで低下した。
以上の結果より、共力剤として塩化ベンザルコニウムを用いることで、アレルゲンの種類によって効果のばらつきはあるものの、Der f1及び粗抗原のアレルゲンの抗体結合率が低下することが示され、ダニアレルゲンに感作された患者に対して有効である可能性が推察された。
実場面に近い状況でのエタノールおよび共力剤による失活効果を調査するため、カーペットに散布したアレルゲンに対し薬剤処理を行い、失活効果を評価、検討した。その結果、試験管内での処理に比べると抗体結合率の低下は小さいものの、実場面に近い形での処理においても抗体結合率が低下することが確認され、アレルゲン失活剤としての可能性が示唆された。
Ige抗体との結合率によるin vitroでの失活評価だけでなく、実験動物(マウス)を用いたin vivoでの失活効果を検討した。その結果、Dffにエタノール及び共力剤の併用処理を施すことにより、気道抵抗の上昇およびIgE抗体の産生が抑制されることが確認され、ダニアレルゲンに感作された患者に対して有効である可能性が推察された。
エタノールと共力剤の併用処理により、ダニアレルゲンのIgE結合率が低下し、実用的に適用できる可能性が高くなった。しかし、抗体結合率の低下とアレルギー発症の抑制は必ずしも同調しない。そこでアレルギー発症過程において重要とされるヒスタミン遊離量の調査を行った。
その結果、エタノールと共力剤の併用処理により、Dffのヒスタミン遊離能が約10%以下に低下していることが確認され、発症抑制の効果が確認された。
未処理Dff抗原で免疫したマウスのリンパ球をin vitroで培養し、エタノール処理または未処理Dff抗原で刺激し、リンパ球の増殖反応を測定したところ、エタノール処理Dff抗原は、未処理のものに比べて、リンパ球の刺激活性が低下していた。次に、未処理Dff抗原で免疫したマウスの脾細胞をin vitroで培養し、エタノール処理または未処理Dff抗原で刺激し、サイトカイン(IL-4, IFN-g)産生刺激能を調べた。エタノール処理Dff抗原は未処理Dff抗原に比べて、 IL-4産生能は低下していたが、 IFN-g産生能は増強していた。
エタノール処理または未処理のDff抗原でマウスを免疫し、リンパ球を採取し、in vitroで培養し、Dff抗原で2次刺激を行うことにより、生体内でのリンパ球刺激能を判定した。エタノール処理Dff抗原で免疫したマウス由来のリンパ球は、未処理Dff抗原で免疫したマウス由来のリンパ球に比べて、増殖反応、 IL-4産生能は低下していたが、IFN-g産生能は増強していた。更に、血清中の抗-Dff抗体を測定したところ、エタノール処理Dff抗原で免疫したマウスの抗体価は未処理Dff抗原で免疫したものに比べて低下していた。これらの結果は6.で述べたin vitro活性の変化と同じである。
エタノール処理または未処理のDff抗原でマウスを処置し(減感作)、未処理Dff抗原を腹腔投与し、マウス血清中の抗-Dff抗体価を調べた。エタノール処理Dff抗原で減感作処置されたマウスでは、IgE抗体価の減少とIgG抗体価の上昇が認められた。次に、 吸入曝露の実験系で解析した。エタノール処理または未処理のDff抗原でマウスを処置し(減感作)、未処理Dff抗原を吸入曝露により投与し、血清中の抗-Dff抗体価を調べた。エタノール処理Dff抗原で減感作処置を受けたマウスは、未処理Dff抗原で処置されたマウスに比べて、IgE抗体価の低下が認められた。また、モルモットを用いても同様な結果が得られた。